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エピソード6;「富士山麓地獄姦」
sec00 霊峰富士のすそ野に広がる樹海に、朝靄がたちこめている。 樹海は魔物の住む森だと地元の人間は口を揃えていう。一度迷ったが最後、誰も抜けだせたためしがないというのだ。 有史以来、富士は何度も噴火を繰り返してきた。その噴火で火山灰と一緒に大量の鉄を含む火山弾が樹海の上に降り注ぎ、おかげでこの森は磁石はおろか野生動物の方向感覚すら狂わせる強力な磁界が生み出されていた。 くわえて鬱蒼と樹木が生い茂り、真昼であっても太陽の位置を知ることが難しい。そのため誤って樹海に侵入し、そのまま遭難する人間の数は毎年かなりの数にのぼるという。 「まさにここは隠れ家にうってつけというわけよ」 柳生十部衛は呟きつつ樹海の道なき道をひた走る。 やがて十兵衛の前に巨大な洞窟があらわれた。風穴と呼ばれる溶岩流のいたずらによってできた自然の洞窟である。 「これは十部衛様」 天空から囁くような声が降ってきた。 「半蔵か。出てまいれ」 十兵衛の視線は天空ではなく、かたわらの苔むした地面を見下ろしている。 「この半蔵の空蝉(うつせみ)の術を見破られるとは、さすがでござる」 大地から音もなく盛り上がってくるのは服部半蔵。黒一色の忍び装束に身を包んだ正体不明のこの男こそ幕府隠密として名高い服部忍群の頭領だった。年齢不詳、性別はたぶん男。だが、それすら偽りであるかもしれない。それが忍者だ。 「戯れ言はよせ」 隻眼の十兵衛はニコリともしない。 「それより、首尾はどうじゃ」 「そのことでございますが、ここもまた……」 「箱根と同じか」 「いかさま。出雲、阿波、阿蘇と同じでございます」 突如、二人の目の前で風穴は炎を噴きだし、轟音とともに崩落していった。半蔵の仕掛けた爆薬が爆発したのである。二人はそれに動ずる風もなく茶飲み話を交わすように会話を続けた。 「すべての工場が役目を終えているとなると、すでにアスラは十分な数の死人兵を手に入れたということになる……」 「いったい何を企むのでありましょう」 「わからん。わかっておるのはそれが何であろうと阻止せねばならんということだ」 その時、半蔵の足下の枯れ草がコソリと動いた。 「十兵衛様、物見に出ていた使いの者が参ったようです」 いつからそこにいたのか半蔵の配下の忍者が足下で膝をついている。忍者は何事かを半蔵の耳元に告げると再び一陣の風のように消えた。 「十部衛様、アスラが死人兵を伴って大阪を制圧したよし……」 「アスラめの狙いは大阪城か……」 「そのことですが十部衛様、アンブロウジアとアスラのほかに怪しき影が見え隠れしておるのではないかと思われます」 「怪しき影だと?」 「ははっ、まだしかとした情報ではありませぬが、凶國日輪守我旺殿にご謀反のお噂が」 「なるほど。半蔵、もはやこの件、我らの一存で処理できるものではないようだ。すみやかに徳川慶寅殿にお知らせせい!」 一陣の風が二人を包み込んだ。 ふと気がつくと二人の姿は風に紛れてすでにない。 sec01 ギシギシと帆柱がきしっている。 強風を受けつつ和船が転覆寸前のきわどい姿勢で波を蹴立てて帆走していた。 西洋船に比べ復元力の低い船体がなんとか沈没を免れている原因は、江戸で仕入れた大量の黒色火薬のおかげで船腹が深く、空船の時より安定感があった。 甲板に山のように積まれた火薬は海水に濡れないように手厚く梱包されている。だが、船上では火気厳禁。炊飯用の火はおろか煙草も厳禁である。 さいわい天気は晴朗、崩れる見込みもない。覇王丸は水夫たちにさらに帆を張り増すように指示すると、真水と包帯を持って船長室に向かった。 「おい、入るぞ」 船長室のすだれをくぐる。 室内は暗い。部屋の中央に布団が敷いてあり、そこにレラがネコのように身体を丸めて眠っている。悩ましげな声が聞こえるのは夢の中でうなされているのだろう。 あれは油断だった。 カムイコタンから誘拐されたナコルル奪還のため吉原を襲撃したレラたちだったが、突如乱入してきたアスラの下僕シキに不意をつかれ、腹を斬られたうえに全身大火傷を負ってしまったのだ。 異変に気づいた覇王丸が、燃え落ちる吉原から彼女をかつぎあげ、沖合に停泊している船まで連れていってくれなければその場で死んでいただろう。 たが、肝心のナコルルを取り戻すことは出来なかった。いま思い出しても悔しくてはらわたが煮えくり返る思いがする。 覇王丸は眠っているレラを膝の上に載せ、脇腹の傷口をざっと調べる。 「こりゃいけねえ、傷が膿んできやがったぜ。あの女の刀、毒でも塗ってあったか。ちょっと待ってろよ、いま手当してやる」 覇王丸は手慣れた手つきで眠っているレラの服を脱がしていく。上衣を脱がすと大きな乳房があらわになった。 「……たまんねえなあ」 覇王丸は全身に大粒の汗をかき、力無くうなだれているレラを膝に乗せ、タオルをあてがった。生地の厚い服のおかげで火傷は大したことはないが、身体全体が熱っぽくなっている。覇王丸が汗を拭くたびにレラの大きな乳房がプルプルと揺れた。 「クーッ、やっぱたまんねえ!」 傷口に薬を塗り終わった覇王丸は乳房に手を伸ばした。 その指が突起に触れるか触れないかのところでレラが起きあがる。 「あんた……なにやってんのよ?」 「……チェッ、起きたのか。調子はどうだい?」 「身体中痛いに決まってるでしょ!」 「そらそうだ。全身火ぶくれだもんな」 覇王丸は何が嬉しいのか楽しそうに笑う。 「ねえ、一応、助けてくれたことには感謝してるけど……今度変なことしたら殺すわよ」 「へえ、変なことってこんなことかい?」 覇王丸はレラの大きな乳房を鷲掴みに掴むと、ゆっくりと絞りあげるように揉む。 「あ……」 「感じてるのかよ?」 「バカ、傷が痛いのよ」 「ヘヘ、そうかいそうかい」 覇王丸はしつこく乳房を揉む。 「あ、あんた……殺すわよ!」 「どうやって?」 覇王丸に抗って上体を起こそうとしたレラだが、背後から抱きすくめられて身体が思うように動かない。 「離して、離しなさいよ!」 「やなこった」 覇王丸は乳房から手を離すと今度は太股に手をかけ一気に持ち上げた。そうするとちょうど目の前に彼女の大事な部分がくる。そこはしっとりと濡れてわなないていた。 「へへっ、もう大洪水だぜ」 「そ、それは汗よ」 「んー、汗は糸をひかねえなあ。もっと素直になれよ」 いきなり覇王丸の指が淡い恥毛を掻き分け、肉壷の中に侵入してくる。肉襞をめくられ、肉芽をほじくられた。愛液があとからあとから噴きだしてくる。 「や、やめ……やめて……あ……!」 「おいおい、あんまり大きな声を出すなよ。外の部下どもに気づかれちまうぜ」 「……ひ、卑怯よ!」 「おいおい、イカサマを使って俺を部下にしたのはお前じゃねえか。お前のほうがよっぽど卑怯だぜ」 覇王丸の指が肉芽をしつこく弄ぶ。抑えようと思っても声が勝手に漏れてしまう。レラは顔を真っ赤にして黙る。 「へへ、気持ちよすぎたようだな」 覇王丸は楽しそうに笑うと人差し指と中指をアソコの中に入れた。 身体の中に異物が入ってくる。覇王丸はゆっくりと指を前後に動かした。 「ね……ねえ、やめてよ。わたしは病人よ」 「遠慮するな、こいつぁ治療だ。身体の痛みを忘れさせてやってるんだからな」 「覇王丸! あんた倭人のくせに!」 「倭人だからなんだ。倭人やアイヌなんか関係ねえ。俺とお前はただの男と女だ」 覇王丸は下帯を脱いだ。他の男と比べても、はるかに大きい肉棒が天を睨んでいる。 「お前が悪いんだぜ。誰が見たって抱きたくなるくらいイイ女だからな」 「そんなの理屈じゃないわ、メチャクチャよ」 「男が好きになった女を抱く。メチャクチャどころかこれ以上ないほど筋が通ってると思うぜ」 そういって覇王丸はナコルルを抱く。 「もう好きにしてちょうだい」 レラは諦めたのか、身体を委ねる。大きな肉棒が肉襞をかきわけ、奥へ奥へと侵入してきた。
事が終わってしばらくすると覇王丸が思い出したように呟く。 「この前わかったんだがな、ナコルルは月なんだ」 「……どういう意味?」 「夜空に輝く月は誰にでも平等に微笑む。わかるだろう? だが、月が本当に愛しているのは水面に映った自分の姿なのさ」 「そのたとえ……わかるような気がするわ。あの娘は生まれながらの巫女なのよ。神様以外は愛せないの。それで、あたしはどうなの?」 「お前は……スッポンさ」 「……ねえ、それって月とスッポンっていいたいのしら?」 覇王丸の首筋に爪が突き立てられた。下手な回答をしたらそのまま爪が喉笛に食い込んできそうだ。 「ゴホッゴホッ! 違う違う、月は煮ても焼いても喰えないがスッポンは喰えるだろ。俺はどっちかっていうと喰えるスッポンの方が好きだ」 そういって覇王丸は裸で横たわるレラの胸に顔を埋めた。 「誉めてるのかしら、それ」 複雑な表情でされるがままになっているレラ。 「さあてね」 そして始まった第2ラウンドは最初のときよりも激しくなった。 sec02 何度振り上げた手を凍りつかせたのだろう。 この手を振り下ろせばナコルルの細い首など造作もなく消し飛ぶ。 ここは富士の樹海にほど近い寒村の猟師小屋。冬季には猟師たちがここで獲物の皮をなめしたり、鍋を囲んでホラ話をふきあったりするが、木枯らしのびょうびょうと舞う今頃はまだ無人の宿だった。 吉原炎上のドサクサに紛れて大地の巫女ナコルルを連れてここまで逃げてきた不知火幻庵は、脂汗をじっとりと流しながら振り上げた手の行き先を逡巡していた。 幻庵はナコルルを恋い慕っていた。だが、彼を蘇らせた悪神アンブロウジアは彼女の命を奪うことを望んでいた。 強い霊力をもつナコルルはアスラ復活の祭器にされる可能性がある。一度はナコルルを使って現世に復活しかけた悪神アンブロウジアとしては、ライバルである邪神アスラが自分よりも早く現世に復活するのは面白くない。だから、その前になんとしてもナコルルを殺し、彼女の身体を贄として復活する必要があった。 いま幻庵の中にナコルルをめぐる葛藤がうずまいている。アンブロウジアは幻庵の心に昼夜の区別なく「殺せ」「殺せ」と囁いている。それは肉体的な苦痛さえ伴う呪縛だ。おそらくほんの一時でも気を許せばアンブロウジアに身体をのっとられてしまうだろう。せっかく地獄から舞い戻ってきたのに、これでは新しい地獄に引きずり込まれてしまったようなものだ。 そうやってまんじりともしないうちに夜が明けた。目覚めたナコルルは一睡もせず憔悴しきったふうの幻庵に無垢な笑顔で微笑みかけた。 「あの……幻庵さん、一晩中寝ないで見張っててくれたんですか?」 一瞬、幻庵は惚けた顔でナコルルを見つめた。冗談だと思いたかった。一晩中、枕元で殺気をふりまいていたというのに、この女は自分を疑おうともしない。信頼しきっているのだ。涙が出てくる。 「ケ……ケケケ……そうだケ。じつはそうなんだケ」 「すみません。わたしが頼りないばっかりに、幻庵さんに迷惑をかけてしまって……それにレラさんにも狂四郎さんにも……」 「そ、そんなことないケ。迷惑だなんてとんでもないケ」 「幻庵さんは優しいんですね」 「ケ、ケケケ、照れるケ。そんなこといわれたのは初めてだケ」 幻庵はグロテスクな顔に不釣り合いな照れ笑いを浮かべると、朝飯になりそうなものを探してくるといって小屋を出ていった。 乳白色の朝靄が富士の樹海にたちこめている。 小屋を出たばかりの幻庵は唐突に毒爪をかまえた。 「そこに昨夜から潜んでいるのはわかってるケ」 木立へそう呼びかけた。 すると、朝靄の中から血走った眼の男がフラリと出てきた。 刀を片手に携え、血に飢えた狼のような足取りで迫ってくる男の背中には大きな刀傷があった。人買いとしてナコルルを買い取り、吉原でこき使っていた牙神幻十郎である。 幻庵とナコルルが残したわずかな足取りを辿ってはるばる江戸から富士の麓まで追いかけてきたらしい。 「ナコルルはそこにいるな……」 「ケケケケ、しつこい男だケ。ナコルルに何のようだケ」 「あの女はオレのものだ。代金分は働いてもらわんとな」 「ケケケケケ、ナコルルは渡さん……ケ。魔道の誇りにかけて」 「しゃらくさい、その醜い顔を胴体と切り離し、息の根を止めてやるわ!」 二人は一度、東北の山中で対戦している。その時は幻十郎が終始、幻庵を圧倒した。剣の腕では幻十郎の方が圧倒的に上だった。 「ケケケケケケ!」 幻庵は毒手を眼前に構え、転がり込むように踏み込んだ。幻十郎は刀を大きく構え、何の工夫もないまま突っ込んでくる幻庵を下から薙ぎ払った。タイミングは申し分ない。幻庵の首が空に舞うはずだった。 「ケケケケケ」 幻庵が笑った。顔をガードしている幻庵の左手に幻十郎の剣がふかぶかと食い込んでいる。 「片手はくれてやるケ。そのかわり貴様の命を貰う、ケ!」 幻庵の毒手が腹を引き裂いた。傷口がみるみる土気色に変色していく。 「がッ!」 幻十郎の顔がだんだんと青ざめていく。だが、そんな姿になってもまだ幻十郎は戦いを諦めなかった。右腕の力瘤が膨れ上がり、刀が軋む。 「ケケケケ、オレの勝ちだケ! 貴様の剣を封じ、毒手で貫いてやったケ! あと十分で毒が全身に回って狂い死ぬケ!」 「うおおおおおおお!」 幻十郎がものすごい声で吠えた。右腕に全身全霊の力が集中していく。 幻庵の左腕にガッチリと食い込んでいる刀がゆっくりと再び動きはじめた。 「バ、バカな……ケ!」 ギギギギッと音をたてて骨を両断する鈍い音が響き、幻庵の左腕が、そして首が順序よく空を飛んだ。 幻十郎は刀を杖にして仁王立ちになる。急速に目の前が暗くなっていく。毒がはやくも回り始めたのだろう。 「幻庵さん!」 気がつくと涙ぐんだナコルルが、首を失った幻庵の身体を抱きしめていた。剣戟の音を聞きつけて小屋から出てきたのだろう。 「くくくっ……憎いか……このオレが」 血に染まった刀を杖にして幻十郎がナコルルの方にゆっくりと歩み寄る。 「なぜ、殺したんです?」 「邪魔だからよ」 「それだけ……なんですか」 ナコルルは幻十郎を哀れむように見る。 「あなたは可哀想な人です。誰も信じられないのですね」 「オレに説教をたれるなっ!」 幻十郎が血まみれの刀を振り上げた。まんじりともしないナコルルの挑むような目つきについカッとなったのだ。振り下ろした刀の切っ先がナコルルの服の帯を斬った。 「っ!」 白い裸身があらわになり、幻十郎はその身体の上に倒れるように身を投げ出した。 強引に服を脱がすと乳房を鷲掴みに掴み、唇を噛んだ。ナコルルが悲鳴をあげてもおかまいなしである。そしてまだ濡れてもいない秘所にグイグイと指をねじこんでいく。 幻十郎は彼の身体の下で抵抗を続けるナコルルを簡単に押さえつけると、猛り狂った肉棒を突き入れていく。幻十郎の下半身がパンパンパンと音をたてて何度も何度もナコルルの下半身にぶつかっていく。無理矢理な行為のせいか、膣から精液と共に血が滲み出してきた。 不意に幻十郎が血を吐いた。ナコルルの白い胸が鮮血で紅く染まる。幻庵の毒が内臓まで回ったようだ。幻十郎の脇腹の傷がどす黒く変色している。だが、それでも幻十郎はナコルルを征服し続けた。血を吐きながら犯し続けている様は壮烈とも狂気がかっているようにも見える。 だんだんと幻十郎の視界は混濁し、頭がボウッとなっていく。 幻十郎が再び目を覚ましたとき、かたわらには誰もいなかった。 「逃げた……か」 逃げたのならば追うまで、と起きあがろうとしたとき、ここが民家の中だということに気がついた。 布団の中に寝かされ、腹の傷には包帯が巻かれており、薬草をすりつぶしたとおぼしきすり鉢がある。薬草の中には、この地方ではなかなか手に入らない高価な薬草があった。 「ふん、誰だかしらんが仰々しいことだ……」 幻十郎は立ち上がろうとしたが、腰から下が痺れて思い通りに動かない。毒の影響だ。痺れを感じるということは、まだ毒は回りきっていないのだろう。だが、このままではナコルルを探して吉原に連れて帰ることもできない。 「気に入らぬ……」 そのとき民家の表玄関の方で人の気配がした。幻十郎は刀に手を掛けた。奇妙なことに彼を助けた人間は刀を取り上げなかったようだ。 「よかった。気がついたんですね」 そういって入ってきたのはナコルルだった。両手に薬草や食料などを山ほど抱えている。 「逃げなかったのか」 幻十郎が内心の困惑を押し隠してボソリといった。 「牙神さんは怪我をしていましたから」 幻十郎の顔が奇妙に歪む。からかわれていると思ったのか、むっつりと黙ってしまう。 だが、ナコルルはからかっているわけではなかった。彼女は身動きの出来ない幻十郎を寝かしつけ、傷口に新しい薬を塗り、包帯を取り替えた。そして食欲はあるかと問い、精のつく料理と薬餌を食べさせたのだ。 されるままになっていた幻十郎はナコルルの真意がわからないまま、刀の柄を握りしめていた。不穏な動作を見せればその場で叩き斬るつもりだった。 「この薬はなんだ」 「木耳の一種で、刀傷に効くと聞きました」 「それは知っている。だが、こいつはこの地方では生えぬはずだ」 「行商の方から安くわけていただきました」 幻十郎は押し黙る。この季節はずれの薬草は途方もない高値がついているはずだ。それを安くわけてもらえるはずがない。おそらくナコルルは行商の男に自分の身体を売って、それと引き替えに手に入れたのだろう。 「なぜ、そこまでする」 幻庵を殺し、お前を強姦した俺のために、とはいわなかった。それを聞くのはプライドが許さない。 「みじめな俺を嘲笑うためか」 ナコルルは答えない。背中を向けて一心に料理をしている。幻十郎は構わず、言葉を吐き続けた。 「それとも金のためか。俺を助けたことで恩を売り、金を巻き上げるつもりか」 「いいえ。嘲笑うためでもお金のためでもありません」 「嘘をつくな」 幻十郎はほとんど吐き捨てるようにいう。 「この世の中にそんな菩薩のような人間などいない。皆、私利私欲で凝り固まっているはずだ。お前の本当の目的はなんだ!」 「牙神さんは苦しんでいました」 ナコルルは幻十郎が熱にうかされたうわごとで母とおぼしき人の名前を盛んに呼んでいたことは伏せた。 「……それだけなのか。回復したら、俺はお前を吉原に連れていくつもりだぞ。それでもいいのか」 「私が売られたときからの約束でしたから仕方のないことでしょう」 「……お前は遊女屋の生活が好きなのか」 「そんな……好きなわけがありません。毎日違った方に抱かれてお金を貰う生活なんて考えただけでも身の毛がよだちます……」 「では、なぜだ」 ナコルルは曖昧に笑ってごまかした。 「あまり興奮されるとお身体に毒です」 幻十郎は口を開きかけて、黙った。彼の記憶の奥底にある母の面影が目の前の少女にだぶったからかもしれない。気がついてからずっと、かたくなに掴み続けていた刀から手を離したのも、その幻影に気を許したからだろう。 その一瞬の気の緩みをつかれた形になった。 ナコルルがもの凄い形相で宝刀ウシチチを片手に睨んでいる。 「チッ!」 女に気を許すとロクなことがないと思ったが、ナコルルの視線は幻十郎を通り越し、その向こうの土間に向かっていた。 「あなたは誰っ!」 いったいどうやってここまで気配もなく侵入してきたのだろうか、そこに音もなく立つのはアスラの下僕、シキだった。 「あなたを、迎えにきました……」 シキの声はまるで幽鬼の声だった。左右で輝きの異なる瞳に射すくめられ、ナコルルは金縛りにあう。 「かわいい娘……」 いつの間にかシキは幻十郎を飛び越え、ナコルルの背後に着地していた。 白蛇を思わせる手がナコルルの上着の合わせめから中に侵入する。上着がはだけ、幻十郎にもナコルルの胸をもてあそぶシキの指が見えた。 「おい、その女を離せ」 ようやく我に返った幻十郎が言った。 「ホホホホ、動けるのかしら、その身体で」 幻十郎の頭に血がのぼった。だが、身体も指もまるで動かない。金縛りだ。 「アスラ様復活のため、この女は頂きます」 シキはナコルルを肩に担ぎ上げようとする。 「やめろっ!」 身体の動かない幻十郎が叫ぶ。シキは無造作にナコルルを放して戸口を睨む。 何事かと思ったが、幻十郎も殺気に気がついた。おそろしく澄んだ透明な殺気だ。ただ者ではない。 「チッ、誰か外にいるのか……ム?」 身体が動いた。シキの金縛りが解けたようだ。幻十郎は反射的に刀を掴み、シキの足めがけて水平に薙ぎ払う。彼女はその閃光のような一撃をジャンプで軽々とかわすと、そのまま空中の闇に同化して完全に消えてしまった。 「何者だ、あの女……忍びか?」 「牙神さん、大丈夫でしたか」 「ナコルルも無事か。だが、安心するのはまだ早い」 そういって牙神は痛む身体に鞭を打って立ち、戸口を蹴り開けた。 「何者だ!」 外には武家の身なりをした女が立っていた。一見、何気なく立っているように見えるが実はその身体のどこにも隙がない。一目でかなりの使い手だとわかった。 「何者だ! 言わねば斬る!」 「失礼、牙神幻十郎殿とお見受けします。私は黒河内夢路と申します、お見知り置きを」 ペコリと頭を下げる。よく見るとかなりの美女だった。厳しさを友にした者に特有の寂寥感が身辺に漂っている。持っている刀は居合い刀だろう。こういう輩は敵に回すと手強いことを幻十郎は本能的に知っていた。 「牙神殿、少しお邪魔してもよろしいでしょうか」 「あっ、遠慮せずどうぞ」 ナコルルが勝手に夢路を家の中に招きいれた。 夢路は二人にことわってから炉に火をたき茶の湯をたてはじめる。 「私は茶の湯をする時間が人生の中で一番大切だと思っています。こんな小さな茶の湯に宇宙の真理が含まれているのだと想像するだけでも楽しいではありませんか」 毒にも薬にもならない話を聞きながら幻十郎とナコルルは黙って茶を飲み干す。 「このお茶、美味しいですね。えっと、こういう時は結構なお点前でしたといった方がよいのですか?」 「ナコルル殿、どうかお気を遣わないでください。茶の湯は本来、儀礼作法に囚われず楽しむものです」 夢路はニッコリ微笑む。 「そうですか。面白そうですね」 「ナコルル殿も茶の湯を学ばれてはいかがでしょうか。心が穏やかになりますよ」 それまで黙っていた幻十郎がいきなり湯呑みを壁に投げる。湯呑みは粉々に砕け散った。どうやら女二人の平和すぎる会話が気に入らなかったらしい。 「もう一度聞こう、貴様は何者だ! なぜ俺とナコルルの名前を知っていた! 事と次第によってはこのまま叩き斬る!」 幻十郎は刀をひきよせ抱え込むと脅すような口調で夢路を詰問した。 「牙神さん、せっかく……」 「いいんです、ナコルル殿」 夢路はナコルルをやんわりと止め、幻十郎に向き直る。 「牙神殿、貴兄の貴重な時間を浪費させてしまい、大変失礼しました。さっそく本題に入りましょう。実は、私は我が主の命により、お二人を捜していたのです」 「俺たちを、だと? 何のために?」 「はい。いま日の本には悪がはびこっております。先の羅神将ミヅキの乱、島原の天草の乱と大乱が続き、いままたアスラと申す者があらわれました」 「フン、アスラとはさっきのシキとかいう陰気な女の主か」 「さようです。シキは邪神アスラの復活を狙っております」 「それで霊力の高いナコルルを連れ去ろうとしたのだな」 「おそらくは。そのほかにもシキは日本中を飛び回り、争いの種を蒔いています。その他にもアンブロウジアの手の者も飛び回っていると聞きます」 夢路はシキがアスラが不死兵を生産していることを語って聞かせた。 「では夢路さまは、近いうちにこの国でまた大乱が起こるというのですか?」 「はい。このまま何もせず手をこまねいておれば、必ずその通りになるでしょう。それも、おそらく先の大乱とは比較にならぬ規模です」 「恐ろしい……なんとしても止めなくては!」 ナコルルが両手を握りしめ決意を込めていう。だが、牙神は我関せずとばかりにタバコ盆をとりだしてそっぽをむいていた。 「ちょっと待ってください。ナコルル殿はいま『止めなくては』とおっしゃられましたが私はそれでは甘いと考えています」 「なぜですか」 「ええ。先程申しましたように、我が日の本では短い期間の間に異常な大乱が連続して発生しています。その理由を考えたことはありませんか?」 「それは……わたしも気になっていました。どうしてこんなに大自然が泣いてばかりいるのだろうかと」 「我が主、凶國日輪守我旺が申しますには、この大乱の影にはすべて民の怨嗟の声があるというのです。その怨嗟の声を止めぬ限り次々に邪神が蘇るだろうと」 「いったいどういうことでしょう?」 「ハッキリ申し上げて今の幕府は無能です。武士とは名ばかりで戦いを忘れ、汚職と女色にあけくれる者たちばかりになりました。民は普請や重税に苦しみ、明日食べる米にも困っています」 それはナコルルにもよくわかる話だった。今、日本各地では一揆が続発し、凶作のため喰うに困った家族が愛娘を身売りにだすことも珍しくなくなっている。なのに幕府や大名は年貢のとりたてを年々厳しくして我が世の春を謳歌していた。 「悪神や邪神が復活のために喰らっているのが、こうした民の怨嗟の声だとしたらどうでしょう? 元を断たねば、同じ事が繰り返されるだけではないでしょうか」 「幕府を倒すとおっしゃるのですか」 「いいえ、我が主、我旺様にとって幕府などどうでも良いのです。全ては民のため、王道楽土をこの世に築くため、幕府に代わって世直しをと考えております」 夢路の語った理想はナコルルを魅了した。 「それは素晴らしいことだと思います」 「では、ナコルル殿と牙神殿は我旺様の世直しを手伝っていただけますか?」 「わたしなんかで良ければ是非」 「フザけるな!」 頭がお花畑になったナコルルの幸せを幻十郎は引き裂く。 「ナコルル、忘れるなよ、お前は俺に借金があるんだ。勝手に逃げようと思わぬことだ。俺は王道楽土や理想を素で語る連中は気にくわねえ」 「でも……」 「ご安心ください。ナコルル殿の借金は私が全額立て替えましょう」 夢路は言葉付きこそ丁寧だったが、ハッキリと幻十郎に蔑みの視線を送っている。彼女にとって我旺に心服しない者はゴミに等しい。 「いえ、夢路さまそういうわけには参りません。そのお金は民の苦しみを取り除くために使ってください」 「ナコルル殿、こんな心根の卑しいクズに恩義を感じることはない」 「夢路とかいったな!」 幻十郎が吠えた。額に青筋が浮いている。今にも刀を抜きそうな険悪な顔だった。 「俺を心根の卑しいクズ呼ばわりするとは上等だ!」 「私は本当のことをいったまで。今のあなたはナコルル殿にヒモのごとくぶらさがっているだけ。違いますか?」 「フフフ……面白い、お前の主とやらに会いたくなった」 「ほう、我旺様に会いたいと申されるのか?」 「そうだ。叩き斬ってやる!」 「フム、案内するのはいいが、あなたごとき志を持たぬ犬畜生が我旺様を倒せると思っているなら笑止もいいところ。斬られるのは十中八九、あなたですよ」 すました顔で夢路が警告する。 幻十郎は傷ついた身体を少しも苦にせず立ち上がる。怒りが痛みを忘れさせているらしい。 「ナコルル! これから我旺とか抜かすアホウの顔を見に行く! 支度せえ!」 sec03; 戦国時代の海運は貿易港堺の存在を抜きにしては語れない。 戦国時代というのは日本国という国家を一つに束ねていた統制が緩み、諸国の地方大名が勝手に群雄割拠をはじめた時代のことである。 日本ではこの時代を境に、飛躍的に国内の生産力が伸びた。原因は、農具が木から鉄に変わったため農耕の効率が格段に進化したためだといわれているが、それよりも中央からの統制が外れたため競争の原理が全国的に働いたことの方が大きかった。なぜならこの時代に生産力が飛躍的に伸びたのは農産物だけではないからだ。 瀬戸内海を中心とした海運もその例外ではない。和冦と称する海外商船隊や南蛮貿易も盛んだったし、江戸時代に華開く内海交通もじつはこの時代におおかたの基礎が整備されていた。 ちなみに和冦は単なる日本人の海賊の総称と受け取られがちだが、実体は交易を目的とした武装商船隊のことをいう。 和冦が海外に持っていく輸出品は上等な絹や日本刀であり、輸入するのは書籍や陶磁などである。海外では絹や日本刀は貴重品であり、国内では書籍や陶磁は貴重品だった。どちらも喉から手が出るほどに欲しい商品だった。 だが、当時の中国政府が外国との交易を禁じていたため、利にさとい中国商人は和冦と交易するために一つのからくりをもうけざるをえなかった。 まず中国商人は当局に黙って和冦をこっそり招き入れる。そして交易した商品を隠したのちに当局に日本の海賊に商品を根こそぎ奪われましたと報告すれば違法交易による罰則はおろか交易した商品にも税金はかからない。そのうえ珍しい日本の産物は闇市場で飛ぶように売れて、まさに一石三鳥だった。 だが、後年になってこの闇市場の部分が歴史から抹消され、和冦が交易ではなく海賊となってしまったのは残念な話である。 話がそれた。 大阪の南方にある堺という貿易都市は、日本に来ていた宣教師が「東洋のベニスのような都市」であると本国に申し送っているように、日本でも珍しい都市だった。 堺の商船隊は和冦として中国沿岸に出かけていたが、その主力は南蛮として知られる植民地を通してのヨーロッパ諸国との交易であり、また鉄砲の産地を押さえて国内最大の鉄砲問屋まで開いていた。 驚くことに戦国時代を通じてこの街を支配できた大名はおらず、町は合議で代表を決めるなど当時の日本では非常に珍しい町だった。 またこの町は文化の面でも独特で、戦国時代末期を飾る千利休などの数多くの茶人を輩出したことでも有名である。さらに鉄砲を装備した傭兵隊を雇い入れ、大名の軍隊相手に一歩も引かぬ抵抗を見せたこともあった。 やがて織田信長とその後に続く秀吉・家康が日本国を統一していくのだが、秀吉の建設した大阪という新興の貿易都市との勢力争いに負け、江戸時代における堺は凋落の一途を辿っていた。 その堺にいま一隻の洋式帆船が入港していく。 戦国時代には珍しくなかった南蛮船も江戸時代にはいると長崎の出島にしか入港が許されなくなった。堺に南蛮船が入港するなどいったい何十年ぶりのことだろうか。 南蛮船は堺の港に横付けすると大量の銃砲を船から降ろす。 「日本カ……」 かたことの日本語を操りながら金髪の大女と、サルを連れた小柄な少女が南蛮船から降りてくる。 この島国の土を踏むのは島原で起きた天草の乱の時以来である。 「イヤな匂いがするー」 サルを連れた少女が鼻をむずむずさせながらいった。 「死臭ダ」 故国フランスで何度嗅いだかわからないが、それと同じ匂いだった。どうやら町の外から匂ってくるようだ。 「邪悪ナ予感ガスル。天草ノ時以上ニ邪悪ダ……」 背の高い金髪の女は、ジャンヌ・ダルクの再来といわれた美しい顔をしかめる。 「心配カ、しゃるろっと、ちゃむちゃむ」 遅れて船から降りてきた大男がいった。全身これ筋肉のような男で、禿頭の異相のうえ右手一本で巨大な大筒を軽々と担いでいる。 「ずぃーがーカ。コノ町ハ戦乱ノ匂イガ強スギル」 シャルロット、チャムチャム、ズィーガーは一様に北の空を見た。妖気がその方角に渦巻いているのが見えた。 「皆さん、日本にようこそ」 船縁から見下ろすと桟橋に小柄な少年の影があった。雨でもないのに雨傘を持った美少年、緋雨閑丸だ。 三人は船から降り、ひさびさの再会を喜ぶ。チャムチャムとズィーガーは初対面だが、シャルロットとは天草の乱の時に会っている。 「ソレデ我々ヲ遙カ離レタよーろっぱカラ呼ブトハ何ガ起キタノダ」 とズィーガーがいう。 「大阪で異国の悪神が降臨しようとしているのです。詳しくは堺を守る総指揮官が説明してくれますよ」 「その人があたしたちを呼んだのー?」 とチャムチャム。 「ええ、その通りです。きっとシャルロットさんは驚きますよ」 「私ガ……?」 一瞬、片思いの相手、覇王丸の顔を思い浮かべたシャルロットだったが、その想いは裏切られた。 堺防衛の司令部は町の西よりの大きな商家にある。 数寄屋建築のどっしりとした構えはちょっとした寺院よりも大きい。その屋敷の最奥部にある板張りの間にどっしりと構えている男がいた。 通された全員が息を呑む。 大きい。全員の中でもっとも大柄なズィーガーをすら見下ろす日本人離れした巨体の主は紅斬九郎だった。かつて天草の走狗としてシャルロットとも剣をまじえた悪漢である。 「よく来たな。しばらくすれば、この町に覇王丸たちもやってこよう」 斬九郎はそういってニヤリと口の端を持ち上げた。 |
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